2005年11月22日(火)

    時間短縮調理 忙しい時にもおいしく調理 [ハウディニュース2006]

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かつお生姜煮 M

かつお生姜煮 M
旬のカツオの切身を生姜でじっくりと煮付け、真空パックに包装いたしました。1個約50g

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国内産さばのみぞれ煮

国内産さばのみぞれ煮
さばと相性の良い大根おろしだれを使った和風煮魚です。粗切り大根おろしを使用して、醤油ベースのみぞれに仕上げました。

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中華風鶏しんじょう

中華風鶏しんじょう
淡白な鶏肉に春雨・たけのこ・しいたけを混ぜて、団子状に成型しました。ソフトな食感の中にもたけのこの歯ざわりがアクセントになっています。タレは中華風。
30g×20個+200g 


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中華風鶏ごぼう団子

中華風鶏ごぼう団子
鶏胸肉をベースにたけのこ・にんじんしいたけ・ごぼうを加え、食感にアクセントをつけました。又、甘酢に『パイン果汁』を加えた事により甘酢本来の酸味を抑えた甘味ある甘酢あんに仕上げました。


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2005年11月21日(月)

    クジラを知る [ハウディニュース2006]

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海に囲まれた日本では、昔からクジラを捕って食べていました。縄文時代の遺跡からクジラの骨がたくさん出てきています。日本に仏教がつたわり獣の肉を食べることが禁止された時も、クジラは魚とみなされていたので、食べることが許されていました。江戸時代には網をかぶせてから、モリでつくクジラ漁が各地に広がりました。第二次世界大戦後の食糧不足のときにもクジラは貴重な肉でした。日本人にとってクジラはほとんど全身が食べられる海からの幸として大切にされてきました。肉だけでなく内臓、皮、尾、骨まですべて捨てることなく利用することは、世界でも類を見ない日本の食文化です。

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部位の調理方法一例
●赤肉・・・刺身、あげ物、焼き物など一般の肉料理
●舌(サエズリ)・・・煮物、おでん●尾肉(尾の身)・・・さしみ
●鹿の子・・・すき焼き●尾羽・・・薄切りをゆでて酢みそ和え
●本皮・・・さしみ、おでん、鍋
加工品の場合の使用例
●赤肉・・・ハム、ソーセージ、かんづめ、スープの素
●うねす・・・ベーコン●須の子(うねすの内側)・・・大和煮
●皮の油・・・マーガリン●ひげ・・・つりざおの先、くつべら、文楽人形のバネ
●骨・・・石鹸、クレヨン、口紅、鉛筆の芯

日本では本格的なクジラ漁が始まった江戸時代、すでにアメリカ、イギリス、フランスなどの国は、捕鯨を盛んに行っていました。クジラの油が灯油や機械油、マーガリンなどに利用されていたからです。油がとれる皮をはぐと、肉や骨などの部分は海中に捨てていました。1900年頃から捕鯨産業は大きく発展しましたが、一部のクジラの捕りすぎが心配されました。1946年、国際捕鯨取締条約がむすばれ、捕っていい大型クジラの数と種類を決めるようになりました。日本は食用の為、捕鯨を続けていましたが、1982年、捕鯨に反対する国が多くなった国際捕鯨委員会(IWC)が、頭数が多くて、捕っても大丈夫と科学者が認めているクジラまで捕ってはいけないと決めました。

現在私達が口にできる鯨は、調査用として捕獲されたもののみとなっております。

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鯨の竜田揚

鯨の竜田揚
昔なつかしい鯨の竜田揚げ。
高たんぱくで低カロリーの商品です。


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2005年11月19日(土)

    給食週間 2006.01.24〜2006.01.30 [ハウディニュース2006]

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第二次世界大戦後、日本は食べ物が大変不足しました。そんな子供たちのために、昭和22年にララ基金(アジア救済公認団体)が救援物資を送ってくれました。 その物資のおかげで、おなかを空かせた子供たちに栄養のある給食を再開させることができました。その感謝の心から、救援物資の贈呈式が行われた12月24日を文部省が「給食記念日」として各種の事業を行いました。
しかし、12月24日は学校の冬休みにあたることから、昭和25年に給食記念日を1月24日とし、24日を含む1週間を「全国学校給食週間」としました。

■給食の歴史

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左より
明治22年:山形県で給食が始まる。「おにぎり、鮭、漬け物」
大正12年:児童の栄養改善方法として学校給食が奨励されました。「五色ごはん、栄養みそ汁」
昭和22年:ララ給食により。全国の児童300万人に対して学校給食が開始される。
       「脱脂粉乳、みそ汁」

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右より
昭和27年頃:有名なクジラカツの登場はこの頃から!「コッペパン、脱脂粉乳、クジラカツ」
昭和39年:子供に人気の揚げパンはこの頃から。米飯給食がまだなので、おかずが煮物でもパン。
        「揚げパン、ミルク(脱脂粉乳)、おでん」
昭和40年:ソフト麺の登場脱脂粉乳も牛乳へと移行していく。
        「 ソフトめんのカレーあんかけ、牛乳、甘酢あえ、くだもの(黄桃)、チーズ 」

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左より
昭和51年:米飯給食が開始され、給食の幅が広がる。
       「カレーライス、ベーコンスープ、バナナ、牛乳」
昭和60年:世界各国の料理や郷土料理が取り入るなど、様々な献立が登場。
       「ビビンバ、牛乳、スープ、キムチ風漬けもの、ヨーグルトゼリー」
現在:セレクトメニューやバイキングメニューなど、自分で給食を選ぶ等、個性豊かな給食が登場する。
       「バイキングメニュー」

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